ロゴマークにはさりげない、しかし端的に私たちの思いを表した言葉、 つまり、キャッチフレーズが医院を改革するに当たり、 手始めに私たちが目指す、理想の歯科医院を明確にしました。 すなわち、3つの理想の歯科医院です。
- 感謝の言葉があふれる歯科医院
- 感動を与え続ける歯科医院
- ワクワク楽しい歯科医院
約8年前の2月初旬、今日のような寒い日でした。 私は、午前の診療が終わった後のお昼休み。 メンバー全員を集め、私たちの理想の歯科医院像を熱く語りました。 そう、夢を語ったのです。
 その直後のメンバーの反応は・・・。
「早く夢から覚めて下さい」 「変な勉強会ばかり行かないで下さい」
現実の厳しさに直面しました。 やはり夢は儚いものか、と思いました。 そして実際、メンバーの半数が退職。
しかし、今回私はひるみませんでした。 残ってくれたメンバーと共に、夢を実現する。 この人たちのためにも、必ず形にすると強く誓いました。
そして、ワクワク楽しい歯科医院への思いを、ホームページや小冊子に書き続けました。 その結果、共感して頂いた新たなメンバーに出会えたのです。
退職したメンバーがいたから、新たなメンバーを採用することが出来たのです。 今思えば、残って頂いたメンバーに感謝、去って頂いたメンバーにも感謝です。
あの時分かりやすいキャッチコピー、心に響くキャッチコピー、
一度聞くと忘れられないキャッチコピーがあったからこそ、
思いを形にすることが出来ました。
感謝感動、そしてワクワク楽しい歯科医院作りは奥が深く、まだまだ実現していません。 しかしいつの日か、このメンバーと共に実現したいと思っています。
そのためにも、一つずつ思いを形にしていきます。
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ワクワク楽しい、夢と希望あふれる歯科医院を作るため、
カムカムクラブや、ウエルカムサロンを作りました。
私たちのメインターゲットである、12歳以下の子供たち、 そして40歳以上の女性に、最高の満足と信頼を得る。 そのため、カムカムフェスタなどのイベント開催や、
ウエルカムニュースなどの、情報発信を行いました。
それは全て、始めは私が演出していました。 そう、私は演出家。 そして私が書いたシナリオを演じるのは、チームメンバーたち。
演じるキャスト(メンバー)に、患者様から有難うの言葉がけをして頂けるよう、 さまざまな工夫をしました。
その時の私のセルフイメージは、もちろん“歯科医師”ではありません。 歯科医師として、患者様やメンバーと接しているだけでは、 夢と希望を与える、ワクワク楽しい歯科医院の実現はなかったでしょう。 それどころか、トップダウン式のビクビク怖い医院になっていたと思います。
その当時の私のセルフイメージは、“ワクワクプランナー”。
楽しいイベントや企画を、次々プランニングしました。 出演者の楽しんでいる笑顔を思い浮かべながら、 いくつものイベントを、成功裏に収めることが出来ました。

メンバーにも、「ワクワク楽しいイベントなら何をやってもいい」、そう話しました。 とまどいながらも、いい意見が出るようになりました。 今ではイベント企画開催は、メンバーにお任せです。
自分のセルフイメージを、明確にすること。 そのイメージ通りの役を演じること。 思いを形にするには、必要不可欠です。
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前回の“思いを形にする”は、セルフイメージの確立の大切さについてお話しました。 私の最初のセルフイメージは、“ワクワクプランナー”。
ワクワク楽しいイベントやポスター作成など、次々実行していきました。
そして今のセルフイメージは、“ドリームマスター”。 私の名刺はもちろん、手紙やセミナーでの自己紹介、 そして私の思いを伝える週1回の、メンバー限定のメッセージ通信も
ドリーム通信という名にしています。
その根本はシンプルです。 私に関わる全ての人に、夢を与えたい。 ただそれだけ。
そして、夢を与えることの大切さを教えてくれたのは、チームメンバー。 ここで昨年のウエルカムパーティー(入社式)のエンディングで流した、
私の愛するチームメンバーへのメッセージを、紹介します。
この2日間 本当に有難うございました 私にとっても まるで夢のよう
思い起こせば 約17年前 患者様に愛される 歯科医院を作る その思いだけで ヨリタ歯科クリニックを開設しました
悲しいかなそこには 私の一番近い存在 最も大切にしなければならない あなたのことを 忘れてしまっていました
そのため多くのつらい しかし有難い経験をさせて頂きました
人間的に成長できました 人を心から愛することの素晴らしさを あなたから学びました 人を信じきることの 大切さを知りました
そしてわかったこと 守るべきものを守り続ける 信じるべきものを信じ続ける 変わらないものこそ価値がある
その結果 ぶれなくなりました 迷わなくなりました 成長しました
そしてさらにわかったこと 夢を叶える7原則
夢は
願えば叶う 夢は 仲間と共に叶う 夢は 楽しみながら叶う 夢は あきらめなければ叶う 夢は 一歩一歩叶う 夢は
励まし続ければ叶う 夢は
信じれば叶う
これら全てあなたから教わったこと あなたと出会えたことへの恵み あなたと共に 共通の体験が出来たことの幸せ あなたと共に 歩み続けることへの感謝の念
今 私は最高に幸せです これからも私はあなたと 一生のお付き合いをしたい
共に夢を実現していきましょう
夢のような2日間を あなたと共に過ごした 寄田幸司
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「夢は願えば必ず叶う」
ドリームマスターとして、これからも私はこの言葉を
伝道師のように、伝えていきます。 思いを形にするには、教会の牧師のように、説法を説き続けます。
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私が夢を叶える7原則を実践する中で、気付いたことがあります。 私はそれを“夢を叶える3つの真実”と、名づけています。
その3つの真実とは、
@ 変わらないものこそ、価値がある A 信じるべきものを、信じる B 守るべきものを、守り続ける |
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変わらないものこそ、価値がある
変わらないものとは、『医院理念』、『アワクレド』、 『私たちが目指す3つの歯科医院』、『ヨリタ歯科らしさ』などです。
これは、改革を始めた8年前から、全く変化していません。
メンバー全員の前で、今も言い続けています。
熱い思いを持って言い続けることで、価値が高まっていきました。
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| A |
信じるべきものを、信じる
まず私は、自分自身を信じました。 決してあきらめない、くじけない、やり続ける強い自身を信じました。
そして次に、人を信じました。 私の夢に賛同してくれる人が、必ずいる。 今はよく分からなくても、きっといつか理解してくれる人がいる。 人を信じることで、私の周囲に信頼できる仲間が集まりました。
そして最後に、輝く未来を信じました。 3年後の理想の医院を明確にし、そのため2年後にここまでやる。
1年後はここまで、だから今はまずこれから始める。
明るい希望に満ちた未来を信じることで、道はおのずと開かれました。 自らの力で、切り開く勇気を得たのです。
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| B |
守るべきものを、守り続ける
守るべきものは、家族のように接するチームメンバーたち。 私についてきてくれるこの人たちの生活を守る、保障する。
その上でその人一人一人をヒーローに、そして強固なチームワークを作る。 いわゆる、“ヨリタ歯科ブランド”を確立する。
ヨリタ歯科ブランドとは一言で言えば、ワクワク楽しい夢と希望、愛と感動あふれる歯科医院。 これからも、守り続けていきます。
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この3つの真実をメンバーの前で掲げることで、自分自身ぶれなくなりました。
迷いが消えました。 そして、成長できました。
これからも夢の実現のため、一歩ずつ前進していきます。
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夢を叶える7原則、そして3つの真実を実践するため、 まず私が取り組んだのは、年間行動目標設定用紙の記入。 これは元カリスマ体育教師、原田隆史先生の著書、「常勝教育」の本の付録から 引用させて頂いたもの。
この用紙を、年始めに記入、提出。 これをメンバー全員に、義務付けました。 まずは私が、見本を示しました。
私はA3用紙に書ききれなかったので、A4用紙約25枚に、
この一年でやりたいことを書き綴りました。 ことあるごとに、言い続けました。
すると短期間で、結果を出すようになったのです。
夢を叶える7原則を、言うだけ。
3つの真実を、語り続けるだけ。 その実例を、紹介します。
約5年前、当時副院長の吉田真一郎先生から、 突然2週間の休職がほしいとのお願いが。 その理由は、「以前から海外で歯科医療を通じ、ボランティア活動がしたかった。 先生の言う通り、夢が叶うと信じ、挑戦したい。」
具体的には、当時放送していた「世界ウルルン滞在記」の番組で 公募から選ばれた視聴者がアマゾンの奥地、ゾエ族が住む部落に行って、
予防活動をするという企画がありました。
吉田先生は、それに公募。
公募者8013人の中から、書類選考、一時面接、二次面接を経て、
最終選考に残ったのです。
その間私たちも、吉田先生の夢を叶えるため秘策を練りました。 そう、夢は仲間と共に楽しく叶うのだから。 まずは大阪選考の前夜、診療終了後、メンバー全員のサプライズ色紙を贈りました。 最終選考では白衣にメッセージを書き、それを着て面接を受けて頂きました(ちょっと不謹慎ですが)。
 
そして遂に、夢が叶ったのです。
ありえないことが、起こりました。
2003年10月5日のこと。
全国ネットの特番約90分の中で、その奮闘記が放映されました。 なんと、この感動エピソードが面白いということで、私たちの医院の取り組みや 吉田先生を送り出すメンバー全員でのエール(円陣)、私の単独インタビューもオンエアされました。
そのエピソードは、他のメンバーにも計り知れない影響力がありました。 そう、夢は諦めなければ必ず叶うことを実証したのですから。
一人一人をヒーローにすること、人生の成功者にすること。
自立型人間にすることの大切さ、気付くことが出来ました。
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年間行動目標設定用紙の使い方
年間行動目標設定用紙の使い方について今日は詳しくお話しします。 まずは年始めにメンバー全員提出して頂きます。
それを集め院内ではファイリングし、いつも目に見える所に置いておきます。 また家にはコピーしたものを部屋に貼りこれもいつも目に見えるようにします。 さらに毎日の朝礼時で縮小コピーしたものを胸ポケットから出して一分間黙読します。 こう毎日読むことで潜在意識の中に落とし込むのです。

これはアワクレドと同じでいつも意識することで 自分でも気づかないうちに出来るようになるのです。
夢が叶わないもしくは実行力がないのは、その人に才能がない訳ではありません
集中力や持続力がないのではありません。
その差はただ1つ。
習慣づけされていないだけ。 目標をただそうなればいいのにと一人つぶやくだけでなく
皆の前で公表するそして文章にするさらに毎日黙読する
この習慣さえつければ目標の80%は実現すると言われています。 人はやはり、忘れる動物ですから忘れないうようにさえすればよいのです。 ということで私はA-4 25枚なので、それを1枚にするのは不可能。
ということでそこから選んだ20項目のタイトルを部分のみを いつも目を通すことにして
います。 そのうち1つでいく人かのメンバーが気に入ってくれている目標があります。 これを紹介したいと思います。
「志は天より高く 夢は空より広く 愛は海より深い そしていつも謙虚な心を持つ」
志や夢や愛は大きい程よいと思っています。
しかし、慢心や傲慢にならずいつも謙虚な気持ちを忘れず周囲のひとに耳を傾ける
周囲の人の教えを乞う姿勢が大切であると感じています。
誰1人、人間1人では何も出来ません。
周囲の支えがあって始めて自分らしくいられるのです。
それを忘れず、年間行動目標を常に意識し毎日楽しく過ごしていきます。
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2009年2月15日(日)
第13回千葉県歯科医学大会(主催 千葉県歯科医師会)でお話させて頂きました。 参加者は、約120名。 場所は、オークラ千葉ホテル。
タイトルは、「ワクワク楽しい歯科医院作り 〜ようこそ愛と感動あふれるヨリタワールドへ〜」 主に歯科医院で働く、スタッフ向けのセミナーです。
働く人全てが楽しくやりがいのある組織作りについて、 約1時間30分、熱くお話させて頂きました。
セミナー終了後、感謝状を頂きました。
 
 
そしてその後は、千葉県柏市開業の康本先生とのパネルディスカッション。 特に入念に打ち合わせは、しておりません (前日、懇親会でワイワイガヤガヤお話させて頂きましたが)。
そこでお話させて頂いたのは、初めから予防ベースのワクワク楽しい歯科医院を 作ったのではないということ。 様々なつらい、しかし有難い出来事を通じ、自分が気付き、変わったことで
自分の進むべき道を決めたこと。
決めた以上は、それを地道にコツコツやり続けたこと。 そして、その結果として今があること。 また、今が最終目標ではなく、これからも進化し続けること。 まだまだ、出来ていない自分があること。 まだまだ、成長できる自分がいること。
最後に「患者様やメンバーから、信頼を得るため大切なことは」という質問がありました。 私なりの答え。
その人に興味を持つ、関心を持つこと。
そのため、患者様へはカウンセリングをします。
「あなたの願いを叶えます」という、夢メッセージを届けます。 メンバーには診療中であっても、こまめに声をかけます。
「いつも気にかけています」という、愛メッセージを、送ります。
それだけで、いいのです。
願いを叶え、無償の愛を注ぐことで、信頼関係が生まれます。
相手を、思い続けることが大切です。
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年間行動目標を掲げても、ぶれることがあります。 一年は、長いです。 その人が成長するにつれ、更なる目標が見えてきたり、 もとの方向を修正することも、必要になります。
そこで出てくるのが、月間行動目標です。 私たちの医院では、メンバーは2ヶ月に1度、ドクターは1ヶ月に1度 月間行動目標を書きます。 月間行動目標を書くことで、進むべき道が明確に出来ます。

でも一人ではやはり悩んだり、落ち込んだり、ついつい愚痴をこぼしたり。 こんな時頼れるのが、個別面談やパートナーとのコーチング。 2ヶ月に1度メンバーは、チーフと個別面談を行います。
チーフに話をすることで、 自分の心がスッキリしたり、自分で答えを見つけ出すことが出来ます。 決して答えを求めるのでは、ありません。
自分で、決めるのです。
ドクターは二人一組のペアになり、 お互いの月間行動目標について、話し合います。
良き友、良きライバル、良き先輩後輩として、 お互いにアドバイスをしたり励まし合います。
ドクターは新人研修が終了しても、日報を書いて頂いています。 その日報を、私は全て目を通します。 簡単な、アドバイスもします。
これら全ての行為は、自分のために行うもの。 1日1度でもいいから、自分と向き合い、自分を冷静に見つめる、
仕事観を高める時間をとってほしいと願い、日報を書いて頂いています。
日々考えていないことは、文章にすることは出来ません。 日々考えていないことが、行動に出ることはありません。 しかし日々考え、文章にし、形にすることで、気付かないうちに 今までとは別人のように、輝いている自分に気付くことがあるのです。
思いを形にするため、1日10分でもいいから自分の時間を作りましょう。
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今日もセミナーを、開催させて頂きました。 場所は、東大阪市民会館。 主催は、三菱東京UFJ銀行さん。 参加者は、約110名。
タイトルは、「やる気と感動が生まれるハッピーワールド」。 約1時間半、熱くお話させて頂きました。 セミナー終了後、感謝状と花束を頂きました。 本当に嬉しかったです。
 
よく、質問されることがあります。 すなわち、「やる気、すなわちモチベーションを上げるにはどうすればよいのでしょうか。」 私の答えは、シンプル。
「モチベーションの低い人を、上げるのは大変。 申し訳ありません、私にはまだその実力はありません。出来ません。 しかし、モチベーションの高い人に私たちの医院を選んで頂き、 その高いモチベーションを維持することなら、私にも出来ます。」
そう、私たちの考えに合う人、思いに共感してくれる人に出会うこと。 それを、重要視しています。 そのため、ホームページやフリーペーパー、 または小冊子などで私たちの思いを伝えます。
特にホームページでは私の思いだけでなく、メンバーの思いや
日々それを形にするため、行っている活動などを報告します。 それらの活動を通じ、賛同して頂ける人に集まって(患者様もメンバーも) 頂きたいと思っています。
あとは、その高いモチベーションを下げさせないこと。 それは、ただ一つ。 その人に、いつも関心を持つ。
注目する。
どうすればこの人は、さらに伸びるのか、
楽しく仕事が出来るようになるのか、いつも考えること。 そのため、いつも感謝の気持ちを忘れず、出来たことを認め、 そして、その人を主役にするためのスポットライトを、あて続ける(感動を与え続ける)のみ。
といっても、小さなことから始めます。
メイクドラマは、簡単には起こりません。
やる気の持続と、小さな感動体験の連続が 職場を、ハッピーワールドに変えるのでしょう。
例え人が変わろうとも、時代が変化しようとも、 変わることのない、ハッピーワールド(ヨリタワールド)、
これからも、作り続けていきます。
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昨年一度、新人ドクター勉強会を、色んなパターンで形にしました。
一般セミナーへの参加、外部講師を呼んでの勉強会、
マニュアル作成、DVD研修、テストなど。
しかし、一番大切なのは同じ時間を共有すること。
夢を、語ること。
なりたい自分、を明確にすること。
そのため、時間を取って向かい合いたいと思っています。
手取り足取り、指導していこうと思います。
ここで成長したいと願う人の夢を、叶えたいと心から思います。
そこで月1回開催しているのが、ヨリタ塾。 主に、平日火曜日の夜9:00から遅くまで。
「若手ドクター経営者育成」と題し、熱く夢を語り合っています。 もちろん、私も共に学んでいます。
 
この習慣を身につけることで、一生懸命前向きに努力していけば、 時には厳しく、時には優しく、共に励まし合いながら いつの間にか叶えてくれるものなのです。 少しずつ、成長してほしいと思っています。
才能のない人は、いません。
合わない人は、いません。
出来ないことなど、ありません。
この人は才能がない、合わない、 出来ないと思う上司がいるだけ、環境が悪いだけ。 だから、トップやその環境を、
トップ自らが変えていく努力を、する必要があります。
トップも共に学び、成長出来る新人ドクター勉強会、
これからも、開催していきます。
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以前メンバーから、2〜3人ずつ週一回のペースで、 診療終了後、食事会をしましょうという提案がありました。
いつも、忙しい私。 診療中はあまり話す機会もない私に、是非ゆっくり話をしたいと 言って頂けたのは、本当に有難いこと。

特に、込み入った話をする訳ではないですが、たわいのない話の中から、 その人が今何を考え、何を求めているのかふと気付くことがあります。
そんな時、アドバイスとをするというより、 「ふーん、そういう風に考えているんだ」「なるほどね」と相槌を打ったり、
共感するだけでも、心が通じ合うことがあります。
それがすなわち、スマイル アンド コミュニケーション。
笑顔と楽しい会話、なのでしょう。
メンバー一人一人と、こんな飾らない関係を築いていけること、幸せです。
思いを形にするため、全メンバーの前で、熱く語ることも大切。 また思いを形にするため、少人数でざっくばらんに話すことも大切。 メンバーと、色んな関わりがあります。
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昨日も夜遅くまで、ドクター勉強会を開催していました。 一つ目のテーマは、「人の可能性にレッテルを貼らない」
公共広告機構のテレビCMを題材に、ディスカッションしました。 このCMとは、ある小学校の先生が子供たちに、好きなものを画用紙に書かせます。
ある子は「お花畑」、ある子は「お家」。 でもある男の子は、画用紙いっぱい、黒のクレヨンで塗りつぶします。 しかも、何十枚と。
もちろん授業では時間が足りず、家に帰ってもやり続ける。 それを見た家族や、周囲の人が心配して病院へ。 しかし、病室でも書き(塗り)続けるのです。
しかし、数日経った頃からある絵には、ふち(境界)があることが判ってきました。 青白く、波のように見えます。 全ての絵を体育館に持っていき、そのふちを繋ぎ合わせ、2階席から離れて眺めてみると、 そこには、大海で勢いよく泳ぐ、鯨が表れました。
私もこの映像を初めて見た時、鳥肌が立ちました。 しかも初めて見たのは、テレビCMではなく、セミナーの中でした。 そのセミナーの講師とは、新谷順子さん。 彼女が話す「人が育つ土壌作り」という講演会の中で、使用していたものなのです。
来院される患者様や、働くスタッフの心の声を聞く、
レッテルを貼らない、先入観で見ない、すぐに結果を求めない。
人の話を最後まで根気強く聞く、などこの映像を通じお話しているのです。
今日のヨリタ塾で、参加者一人一人が感想を述べ合っていた、その時、 資料作成などで、夜遅くまで仕事をしていた新谷さん本人がヒョっと現れました。
絶妙の、タイミングです。
無理にお願いして、特別に質疑応答の時間を取って頂きました。 質問では、「ヨリタ歯科に来て学んだこと」 「何故自ら進んで、色々なことにチャレンジするようになったのか」 「仕事で、いつも気を付けていること」など。
どれもプロフェッショナルな、新谷さんならではの解答でした。 ここで、私が思うこと。
 
約4年前、彼女はヨリタ歯科クリニックに入職。 その当時、私たちの医院は大きく変化している最中。 そのため私は、たくさんの情報発信を続けてきました。
そんな中、求人を募集していないにも関わらず、 「こんな医院が本当にあるなら、一度見てみたい。
見学に行っても、よろしいですか。」という問い合わせが増えました。
彼女も、その一人。 私も、よく分からないまま 「そんなに気に入ったのなら、是非お越し下さい。」と入職して頂くことに。 そして3ヶ月経過した頃から、「彼女はスゴイ」という声が周囲から 私の耳に届くようになりました。
この人をもっと伸ばしてあげたい、この人の可能性を広げたい。 ただの(?)アシスタントで終わってほしくない。 何か、彼女しか出来ない適格な役職があるはず。
そんな思いを持って、いろいろお話させて頂きました。 それが、今に至っています。 そしてまさに、今も続いています。
「これはどうだろう、私は今こんなことを考えている。 やってくれないか。」 この過程で、どんどん伸びているのです。 しかもこれは、新谷さんに限ったことではありません。
04メンバー(2004年入職メンバー)は他に井上さん(旧姓荒川)さん、
林(旧姓中川)さん、金光さん。 この3名も皆、ヨリタマインドを持つ私が自慢のメンバー達。
しかも井上さん、林さんは結婚や出産をした今でも勤務して頂いています。 金光さんも、スマイルクリエーターとしては退職されましたが、 週1回、感動クリエーターとして勤務して頂いています。 本当に、有難いことです。
  
出会うべくして出会った4人であると、今では確信しています。
思いを形にすることで、人が集まる組織、人が離れない組織が出来るようになりました。
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衛生士勉強会 を立ち上げました。
Wishは私の思いを、衛生士さんが形にしてくれたもの。 心から、嬉しく思いました。 そしてそのWishの勉強会終了後、上本町ヒルズ歯科クリニックの衛生士
原田育子さんが、私にプレゼントしてくれたもの。
それは、一冊の本。 タイトルは「夢・ありがとう」 杉浦誠司著 サンマーク出版。 噂には、聞いていました。
ひらがなを合せて、文字(漢字)にする。

名付けて、「めっせー字」。 うーん、やっぱり感動しました。 原田さん、本当に有難う。 たくさん紹介されている中でも、特に印象に残った文字。
「ともにささえる」と書いて、「仲間」。 杉浦さんのコメント。

なかまたちの存在はいつだって大きい。
「仲間」という漢字を思い浮かべたとき、
すぐに降りてきた言葉が「ともにささえる」だった。
そして同時に、いつも支えてくれている
仲間の顔をひとりひとり思い出す自分がいた。 |
そして「あきらめない」と書いて、「望」。 杉浦さんのコメントです。

のぞみがなくなるのは、あきらめたとき。 どうしようもない、何も打つ手がないと 思ってしまったときにこそ、できることがある。
「あきらめない、あきらめない」。
そう思うことから生まれる希望が、必ずある。 |
まさに、この勉強会そのもの。
普段は別々に働く仲間が年4回、休日返上で集まる。
理想の衛生士になるという、望みを叶えるために。
一人ではない、供に支える仲間がいる。 だから、決してあきらめない。
望みが、叶うまでは。
そして、その言葉をアルファベットで書けば、Wish。
思いを形にすることが、大切です。
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よく聞かれる質問が、あります。
モチベーションが下がったり、やる気が無くなることはないのですか。 逃げ出したいことは、ありませんか。
もちろん私は、そんなに強い人間ではありません。
強靭な精神力や、不屈の耐久力、
研ぎ澄まされた集中力を、持ち合わせているわけではありません。
それどころか、怠け者の根性なし。 ついつい、楽な方に流れます。 強い物に、巻かれます。
しかし、いつもこの人の為に頑張ろう。
その人に認められる人になろうと、思い続けているので、 こんな私でも、人にそれなりの評価をされるようになったのです。
この人、その人とは私の両親であったり、家族であったり、 いつも一緒に仕事をさせて頂いているメンバーの皆様だったり。 その時の状況で思い浮かぶ顔は、変わったとしても、 その思いは、変わることはありません。

そう、自分ではないということ。 自分のためだけ、私利私欲のためだけなら、 ここまでやり続けることは、なかったでしょう。
もっともっと楽して、怠惰な人生を歩んでいたかも。
熱く思いを、伝えることもないかも。
しかし、「今まで歩んできた中で、多くの人の助けや支えがあって こんな私でも、ここまで来ることが出来た」という感謝の念がずっとある限り、 いつも原点に戻ることが出来るのです。
どんな苦難でも、スルリとすり抜ける、 またはサッと飛び越えることが出来るのです。 不思議なものですね。
これからも思いを形にするため、悩む時はいつも、原点に戻ります。
「何故、それをしようと思ったのか」 という言葉と共に。
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人が輝く組織を作りたい、人が育つ組織を作りたい、
人が辞めない組織を作りたい。 そんな思いが、強くなりました。
しかし、その思いとは裏腹に、この歯科業界は元気がありません。 人気が、ありません。 歯科医院を構成するのはドクター、衛生士、技工士が中心。
大学や専門学校にもよりますが、現状は定員割れを起こしています。
また聞くところによれば、衛生士、技工士の
卒後10年後の離職率は、8割を越えるとか。
それ程、学校を入ってくる人にも夢が無く、出てからも現実はさらに厳しい。 私たちにとっても、いい人材を確保し、人が輝く組織を作ることが どれ程困難で、険しいものか。
しかし、全ての医院がそういう訳ではありません。
人がどんどん集まり、成長し、笑顔があふれる医院、 一度勤務すると辞めない医院、例え結婚や出産などがあっても また復帰してくれる人が多数いる医院。
そんな医院も、もちろんあります。 何が違うのでしょう。
給与や待遇、福利厚生がずば抜けて良いのでしょうか。 それだけ、とは限らないでしょう。

今春有難いことに、私たちのグループには多くのドクター、衛生士が勤務します。 その人達が輝きを放ち、長く勤務出来る医院作りを これからもしていきたいと思っています。
そのため大切なこと、それは「自分は、必要とされている」 「自分のやりたいことが、ここなら出来る」「何かあったら、皆が助けてくれる」 そんな思いを、入職後スグもてること。
そう、やりがい、働きがいを与えることが出来ること。 簡単そうですが、実は困難なこと。 何故ならやりがい、働きがいは人それぞれ。
千差万別。
こうすればよいという法則など、存在しないから。 だから、一人一人にいつも関心を持つことが大切。 一人一人に、声をかけることが大切。 一人一人に、働きやすい環境を作ることが大切。
一人一人へ思いを伝え、人が輝く組織、
これからも作り続けます。
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プロジェクトチームの中で、スキルアップ勉強会開催日。 いつものように大西先生、藤本さんが中心になり、
レントゲンの読影について学びました。
 
 
いつも、分かりやすい資料作りと説明で、 参加者を、飽きさせないようにしてくれています。 日々忙しい中で、準備だけでも大変なのに、有難いことです。
しかし、これはほんの一部。 毎日のように、グループ医院からの研修者がお越しになります。 教えることは、準備も大変ですし、時間もかかります。
出来るようになるまで、何度も何度も繰り返し、反復する必要があります。
忍耐力と持久力、そして情熱がないと続きません。 その意味でも、いつもメンバーには感謝しています。
思いを形にするため、スキルアップのため、 メンバー全員での、地道な取り組みが欠かせません。
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最近、思いを伝え続けることの大切さを学んでいます。 そう、ただ伝えるのではなく、繰り返し、繰り返し伝え続けるのです。 一度言えば分かる、理解してもらえると思うのは自分だけ。
人は自分の都合の良い方に考え、判断します。 だから指示命令されても、意図するようには行動しません。 もっと端的に言えば、指示命令では動かないのです。
だから、思いを伝え続けることが大切。 例えば、このコラムで私が書き続けるように。 例えば、朝礼で日々思うことをお話しするように。 例えば、全メンバーに週1回“ドリーム通信”として 私の思いのこもったメッセージをお渡しするように。

嬉しいことに、この“ドリーム通信”はただ配るだけでなく、 週1回の院内ミーティングで、メンバーの前で読み上げ、 それについて、ディスカッションしてくれる医院があります。
ただ読み上げるだけでは、指示命令されているように感じるはず。 しかし、それを通じ、一人一人が感じたこと、思うことを
メンバー全員でシェアすることで、何かしらの気付きや学びがあることでしょう。 このような使い方をしてくれる、院長やメンバーに感謝。
何故なら、私が“ドリーム通信”をこのように活用して下さい。 そして、そこから学んで下さいと指示命令すれば、 その時点で、感じる心は閉ざされてしまうから。 いやいや、読み上げるから。
大切なのは、思いを伝え続ける行為そのものが純粋で、
曇りの無いものでなければならないのです。
隠れた意図や、見え隠れする規制があってはならないもの。
どう思われようが、どう使われようが、一向に構わない。 ただあなたに伝えたいものがあるから、お伝えするのみ。
書きたいことがあるから、書き綴るのみ。
その気持ち、これからも持ち続けていきます。 思いはいつか、思いもよらない形になるから。
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私たちのグループには、多くの前途有望な歯科医師が勤務しています。 そして、彼らと私は毎日文通しています。 そう、毎日の診療で思ったこと、感じたこと、疑問点、質問などを
ドクター日報として、報告して頂いています。
そして私は、その全てに目を通し、一人一人のお顔を 浮かべながら、コメントを書きます。 これをやり続けることで、私と普段会えないドクターの間でも
信頼関係を築くことが出来ます。

例えば、あるドクターから「診療終了後の患者様への説明時、 マスクを取らず、前に回らず話を終えてしまった」という,、反省のコメントがありました。 その時の、私からのアドバイス。
マスクの取り扱いと、説明時のドクターのポジションは、決まりごと(マニュアル)。 しかし、「決まりだから、やらないといけないからやる」のではない。 患者様との距離をより縮めたい、患者様の思いをもっと聞きたい、 患者様からもっと信頼されたい、安心してもらいたい。
その気持ちの表れ、思いが形になったものが、 「診療中以外は、マスクやグローブをはずしましょう」。 治療説明は患者様を寝かしたまま、話すのではなく、起こし、 そして前に回って、患者様目線で話しましょう。 当たり前のこと。
今回は、寒い冬の日、だから帽子と手袋、首にはマフラー、 そして、手袋をして親しい友人に会いに来た。 しかし、あまり時間がないので、帽子と手袋、マフラーを取らず、約10分話して帰る。 そんなことは、あり得ません。
だからマニュアルではなく、患者様を家族や親しい友人のように接するなら、 自然と、そのような態度を取るはず。 決まりでも、マニュアルでもありません。
忘れてはいけないこと、失ってはいけない大切なことは 繰り返し、伝えていきたいと思います。
文通(ドクター日報)を通じ、私たちのあるべき姿を明確にしていきます。
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私たちのグループには、多くの前途有望な歯科医師が勤務しています。 そして、彼らと私は毎日文通しています。 そう、毎日の診療で思ったこと、感じたこと、疑問点、質問などを
ドクター日報として、報告して頂いています。
そして私は、その全てに目を通し、一人一人のお顔を 浮かべながら、コメントを書きます。 これをやり続けることで、私と普段会えないドクターの間でも
信頼関係を築くことが出来ます。

例えば、こんなことがありました。 その日は、医院は大忙し。 担当医の患者様で、その日に前歯3本をはずし、 仮歯に変えるという、時間がかかるシビアなケースがありました。
時間が押してきたので、途中から私が代わることに。 予定通り、無事終了。 患者様も、満足してお帰り頂きました。
その日の日報には、確かに反省点や改善点、受けたアドバイスは書かれていました。 しかし、日報の項目で、「今日良かったこと」の欄には
「ありません」の一言で、後は大きく空白。 私はそれを見て、「本当にそうなのか」と思いました。
私なら、時間のない中、他のドクターの協力を得たお陰で、
予定通り終了することが出来たので、良かった。 感謝。
連携や、チームワークが大切であること。 このような忙しい時だからこそ、実感出来て良かった。 感謝。
また、治療をスムーズに終了させるため、ただ単に、バタバタ走り回るのではなく、
診断や治療のゴールを出来るだけ早く立てることで、迷いや焦りがなくなる。 それを学ぶことが出来て、良かった。 感謝。
何でもいい。
マイナスから、プラスを生み出してほしい。
視点をほんの少しでいいから、変えてほしいと思いました。
これはすなわち、“生き方”の問題。 同じことでも、どう捉えるかで、その後の反応が全く変わります。 私がお伝えしたいのは、「どうせなら仕事を楽しもう、人生を楽しもう。 そう、自分の身の回りに起こること、全てのことを楽しもう」。
感謝の気持ちを持って。
何も深い意味は、ありません。
このような習慣を、つけるだけでよいのです。
思いを形にする、文通(ドクター日報)を通じ、 私たちの進むべき姿を、明確にしていきます。
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診療終了後、新谷さん、三木さん、植田さんが集まり、
何やら楽しそうに話していました。 その内容とは、スマクリ勉強会。
マナーズ講習を、院内で定期的に開催。 その発展型が、このスマクリ勉強会。
大森先生から学んだことを忘れることなく、そして全グループメンバーに
広く分かりやすくお伝えすることを、目指しています。 もちろん、大森先生にも引き続きご指導を受けています。
以前のコラムで、年4回開催する衛生士勉強会「Wish」について お話をさせて頂きました。 Wishの年4回開催でも、休日返上で大変だと思います。 しかも、この勉強会は年6回コース。
2ヶ月に1度、開催します。
ということで第1回、場所はヨリタ歯科クリニック。 まずは私が、スマイルクリエーターの位置付けについてお話します。 その後、新谷、三木、植田さんの3人がプレゼンを行う予定。
また、同じやるなら楽しみながらやりたい。 一年間のセミナーを通じ、最優秀賞(ベストスマクリ賞)を決め、
表彰プラス特典を付けるというもの。 その話になると、皆大いに盛り上がりました。 中でも、いつも控えめな新谷さんの目が輝きました。
ということで、第1回から盛り上がること間違いなし。 私のスマクリに対する、私のこだわりや、思いも毎回お伝えしていこうと思います。
思いを形にするため、定期的な勉強会の開催が欠かせません。
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思いを形にするため、大切なこと。 それは、同じ思いを共有するメンバーと出会うこと。 そのためには、こんな人に来てほしい、 そんな人になってほしいと、言い続けることが大切。
最近、ホームページのメール相談や、直接お電話などで問い合わせ、 そして、お越し頂くケースが増えました。 本当に、有り難いこと。 今日は一次面接で行う、一次面接アンケートについてお話しようと思います。
私たちのことを気に入って頂けた人には、面接をさせて頂きます。 一通りの見学が終了した後、約20分、一次面接アンケートにお答え頂きます。 アンケート用紙の冒頭には、以下のように私からのメッセージが書かれています。
「望みが多い程、目標が高い程、仕事も楽しく、人生が豊かになります。 あなたも私たちと共に、自己成長を続けましょう。」

そして、アンケートの質問。(一部抜粋)
・当院を志望する理由 ・あなたの当院での役割 ・3年後の理想のあなた ・患者様に愛され続けるため、最も大切なこと
アンケートをお書き頂くことで、お話しするだけでは分からない
多くのことが見えてきます。 大切なことは、理念や考え方の共有。
仕事が出来る出来ない、過去の経験がある、ないは問題視しません。 個々のスキルの向上は、私たちが入職後時間をかけ、研修していけばよいこと。
人を育てることに関しては、自信があります。 しかし、私たちの文化や風土に合わない人を合わせる、もしくは人を変えるだけの 力量は私たちにはありません。
だからこそ、私たちの思いに共感して頂ける人と、一緒に仕事がしたい。 そう、思っています。
一生のお付き合いが出来る人とは、そうそうお会いすることはありません。 お会い出来るとすれば、それは運命的な出会い。
だからこそ、その出会いにこだわります。
時間をかけたい、と思います。 思いを形にするには、一生のお付き合いが出来る人との出会いが不可欠です。
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一次面接終了後は、二次面接に進みます。 その間に、私たちオリジナルの医院紹介用資料をお渡しして、 次回までに、お読み頂きます。
さらに宿題として、ホームページの感想文を提出して頂きます。 資料やホームページには、私たちの考えや進むべき方向などが、 分かりやすく、書かれています。 是非、ご理解頂けたらと思います。
また採用するにあたり、その人に期待していること、 また是非やって頂きたいことなど、明確にお話します。
それだけでは分かりにくいので、二次面接では、 実際、その仕事を体験して頂きます。 そう、私たちの医院で、半日の職場体験をして頂くのです。

ここまですれば、入ってから思ったことと全く違っていた、
求められることと、やりたいことが違っていたということがなくなります。 仕事に対し、より具体的に取り組んで頂けるようになると思います。
一番良くないのは、思い違い、勘違い、すれ違いなのです。 違いは出来るだけ早く解消、もしくは明確にすべきです。 面接、採用はそれ程、時間と労力を要します。
だからこそ人が足りないからと、無理やり採用するのではなく、
とことんこだわって、面接したいものです。
運命的な出会いは、必ず訪れます。
思いを形にするため、時間と労力を惜しむことはありません。
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今日は、幹部ミーティング。 各パートナー医院より、院長、チーフなど幹部の方々に集まって頂き、 ミーティングを開催しました。
今回の主なテーマは、新人研修。 人の異動や退職などもあり、今回全体で
約20名の新人スタッフ(Drも含む)が、入職されます。 そのため診療時間を割いて、新人研修が始まります。
必要なのは、研修マニュアルとカリキュラム。 この2つがないと、スムーズに研修が進むことはありません。 言った言わない、教えた教えてない、 何故、研修が終わっているはずなのに出来ないの。
そんな、チグハグなことになります。
高い志と希望を持った新人メンバー達が、戸惑い、自信ををなくし、 こんなはずでは、ということになりかねません。
そのため細かいマニュアルと、具体的な項目と担当者、 そして、日付けをいれたカリキュラムが必要です。 私が作ったドクターマニュアルだけでも、かなりの量になっています。
 
しかし、これだけでは、仕事が作業になってしまいます。 業務としてやらないといけないので、やる、憶える、ただそれだけになります。 そのため、私が各パートナー医院にお願いしたこと。
まずは、マインドを伝えること。 そう、理念や考え、私たちのあるべき姿を明確にし、 そして、自分の言葉として伝えてほしいと思います。
マニュアルのように、理念や考えをペーパーにして配っても 全く意味がありません。 心に響くことは、ありません。
何故、このような医院が出来たのか、 何故、カウンセリングを重視しているのか、 何故、予防ベースの医院なのか、 何故、メンバーが夢を持ち続けているのか。
トップの思いを、熱く語り続けて頂きたいと思います。 そうすることで、マニュアルに書かれている言葉一つ一つが、 ビンビン心に響くことでしょう。
スタッフ研修の目的とは、 「ここに勤務して、良かった」 「私の選択は、間違ってなかった」 「ここの医院なら、私の持てる能力を全て発揮することが出来る」 「この人たちとなら、楽しく仕事が出来る、自分が成長出来る」
新人スタッフに、そう思って頂けるようにすることなのです。
人が成長する環境づくりを、一番に考えてほしいと、
幹部ミーティングで、お願いしました。
3月20日から、第一陣が入職します。 いよいよ、3ヶ月の新人研修が始まるのです。 直接私がすることは、限られています。 しかし、私が出来ることは全てやりきります。
思いを形にする、新人スタッフ研修、今から楽しみです。
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年4回開催されるリアドリ勉強会。 場所は、大阪スカイビル35階RF研修会場。 参加者はいつものように、リアドリメンバー12名です。
そして今回のテーマは、「歯科界の将来とそのための取り組み」。 かなり、高尚なタイトルです。 わたしのお話したことは、今最も力を入れている
若手勤務医育成について。
 
なぜなら、最近お会いする卒後2〜5年目の先生方が 元気がない、夢がない、希望がないように見えるから。 この数ヶ月、20名を越えるDrと面接をしました。
お会いする人は皆、いい物を持っている。
ダイヤモンドの原石のよう。 その原石を、どのように磨くか。
磨き方、磨く技術、磨く時期でどのようにでもなるでしょう。
だからこそ、私と一緒にある時期、真剣に向かい合いたい、お付き合いをしたい と思って頂ければ、本当に嬉しく思います。
いい出会い、いいご縁を頂き、いつも感謝です。
それにしても、リアドリメンバーは志が高く、プラスのオーラがあふれています。 こんなにいいメンバーが、よくそろったものだと いつもこの会に参加し、感じます。
ここに来ると、元気と勇気がもらえます。 もっともっとメンバーのこと、、患者様のこと、
家族のこと、真剣に愛さなければと思います。
そして、同じ思いを持つ人たちと一緒なら、
夢を実現させることが出来ること、改めて実感しました。 これからも思いを形に出来る勉強会に、定期的に参加出来ること、
心より有難いです。
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こんなドクター日報が、私の元に届いていました。
人が助けてくれるのは、困っているからではなく
日々の仕事に対する姿を見て、助けたいと思うから |
たった2行でしたが、本当に嬉しかったです。 “ヨリタ歯科らしさ”、“ヨリタ歯科の文化”は、すなわち助け合いの風土。 仕事を通じ助け合い、励まし合い、そして認め合う。
若い時の私は(今でも若いと思っていますが)、自分の力で生きてきた。 自分の進むべき道は、自分の力で切り開いてきたという自負(?)がありました。
だから一時、天狗になった頃もありました。 今思えば、本当にちっぽけなことを自慢したり、しがみついたりしていました。
しかし、いろんな経験を通じ、年を重ねるにつれ(まだまだ未熟者ですが)、 明らかに人のご縁とご恩で、ここまできたことを実感できました。 恥ずかしながら今になって、やっとそのことに気づいたのです。
でも、気付けてよかったです。 一生、気付かず過ごしてしまう可能性もありましたから。
だからこの日報を見て、本当に嬉しいと思いました。 何故なら、彼はまだ20代。
前途有望な大型新人なのです。
ここ数ヶ月、彼が良くなった、非常に伸びている、 という声を聞いていましたので、なおさらです。
そして、そんな人が多数集まる企業がヨリタグループであると、 声高らかに言える時が来れば、嬉しいです。
“みんなはひとりのために ひとりはみんなのために” いつも、私の心の片隅にあります。
思いは一つ、みんなのために。
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ヨリタ歯科クリニック入職1年目のドクターには、様々な形で研修を行っています。 まず1ヶ月目にアシスタントとして、チェアーサイドでの研修。 研修2ヶ月目は、受付研修。 そして3ヶ月目は、模型実習。
お口の中に入れた詰め物や、かぶせ物が取れたり、中でむし歯にならないよう、 出来るだけ、長く使えるようにする必要があります。 そのための正しい削り方、使用する器具やバーの種類など、 私たちの医院での、決まりごとがあります。
それを、3ヶ月で学んで頂きます。 といっても、その後すぐに患者様のお口の中で行うのではありません。 まずは、歯の石膏模型や抜去歯などで実習します。
「1週間で、約100本の練習をして下さいね。 それを1ヶ月やり続けると、ある程度手が動くようになりますからね。 それを、治療で役立てて下さいね。」 と、若い前途有望な先生方にお話します。
今の若手ドクターは、真面目。 「ハイ、分かりました。今日からやります。」 二つ返事で、返ってきます。 そして1週間後、大きな袋に石膏模型100個を入れて、嬉しそうに私に持ってきます。
「先生、約束通り100個作ってきました。どうでしょうか。」 もちろん言葉通り一生懸命作っていますので、それなりに誠意は伝わります。 今日は○○個、明日は○○個、明後日は○○個と計画を立ててやってきたのでしょう。 出来た模型を数えながら、私の喜ぶ笑顔を思い浮かべながら…。
ここで私の胸に、一つの疑問が起こります。 本当に、それでいいのか。
誰のために、やっているのか。
何のために、やっているのか。
模型実習のその先に、あるものは。
話を、最初に戻します。 この若手ドクターの実習は、患者様のためにあるもの。 決して、私(院長)のためではありません。 そして患者様のためになることは、もちろん自分のためになるもの。
100個作ってねと言われ、期限に合わせピッタリ100個作るのは ただ、やらされているだけ。 楽しくない。 集中出来ない。
だから私の顔を浮かべ、数を数えながらやるのではなく、 集中して一心不乱に時間を忘れ、没頭してほしい。 ただ、目の前の患者様だけのために。
だから、結果的に数を数えたら、 「3日で100個になっていました。1週間で200個越えました。」とニコニコしながら 私に持って来てほしいと、思います。
私は渋い顔をしながら、模型とにらめっこしながら、 「ここをもう少しこうして、ここは違う」と眉間にしわを寄せて、 出来ていない所を、注意することはありません。
私がアドバイスするのは、どこを見ているのか、
誰を見ているのか、何のためにそれをやるのか。 ただ、それだけ。
最初は上手削れなくても、その気持ちがあれば必ず上手くなります。 この一生懸命さは、患者様に伝わります。 また、最初に持ち合わせた才能により、人より少し上手く出来ても、心がけなければ、 さらに向上することは、ありません。
すぐ成長は、止まってしまいます。 それは、ゴールを見ていないから。
童話「うさぎとカメ」は、それを明確に物語っています。 最後に勝ったのは、カメ。
目の前を見るのではなく、相手と比べるのではなく、遠い先のゴールを見る。 人と比べるのではなく、昨日の自分自身と比べてみる。 それが大切である、と思っています。
思いを形にするためには、まだ見ぬゴールを明確にすることが大切です。
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15日は私の母校である大阪府立三国丘高校、32期生の同窓会の日。 会場は大阪府堺市にある、リーガロイヤルホテル堺。
 
参加者は、約160名。 1学年が約420名いたので、およそ4割が参加したことに。 卒業以来初めて、約30年ぶりの全体の同窓会。 期待が膨らみます。
ということで、もちろん30年ぶりに会う人が、ほとんど。 皆、昔の面影が残っており、名札を見ればすぐに30年前の記憶が甦る。 一瞬で、あの頃にタイムスリップすることが出来ました。
昔に思いをはせること、更なる交友を深めること、
30年の時が様々な思い出を美しく、かけがえのないものに変えてくれました。 本当に時間の流れは、不思議な力を持ち合わせているもの。 素晴らしいことです。
そして、この日2つの嬉しいことがありました。 1つは、外見(見た目)について。 高校時代、学年でも1、2を争うぐらい(自分ではそう思っていなかったのですが)
老け顔だと言われていました。
内から出る知性と教養力、そしていつも冷静で紳士的、物腰の柔らかさが そう見えたのでしょう(笑)。
文化祭の打ち上げなどで、皆で騒いでいても いつも私は、付き添いの先生だと思われていました (ただ単に、クラスメイトの輪の中に入れない自分がいただけかも)。
しかし何を隠そう、私の誕生日は4月1日。
そう、エイプリルフール。 ということで、学年で1番若かったのです(もちろん30年後の今も)。 その見た目と実年齢のギャップに小心者の私は、30年悩まされていました。
今日会ったら、さらに老けたと言われたらと内心、心配していました。 しかし、杞憂に終わりました。
「全く変わっていない」(言い過ぎか)、「やっと歳相応の顔になった」(これからがさらに楽しみ) と有難いお言葉を、頂くことが出来ました。
まだまだ人として大人になっていない、出来ていない所は多々あると自覚しているので、
いい意味で年より上に見える(老けて見える)ことも、必要だとも感じました。 これからも、いい年の取り方をしていきたいと思っています。 そして、もう一つ嬉しかったこと。
それは3年9組の時、担任教師であった英語教師の貝谷(かいたに)先生に褒めて頂いたのです。 学生時代は、成績がかんばしくなく(落ちこぼれ)、特に英語は大の苦手で、 先生に授業でも褒めて頂いたことは、ありませんでした。
それが30年ぶりに同窓生が集まったこの日、演壇に立った貝谷先生が私の名を出して、 「今日は本当に素晴らしい日でした。」と、述べられたのです。
同窓会終了近く、当時の先生方一人一人の挨拶がありました。 その時貝谷先生が、その直前、私がさせて頂いた
忘れられない先生の授業のお話しに触れてくれたのです。
先生のこの時の言葉、
「今日ここに来て一番嬉しかったことは、
寄田君が私のあの時の英語の授業を、憶えていてくれていたこと。
『あの授業のお陰で、それ以後どんな苦しいことがあっても、
諦めずやり続けることが出来ました。先生に本当に感謝しています』
そう寄田君が言ってくれたこと。 それだけで、ここに来た価値がありました。 本当に有難う。」
同級生全員の前で教師(恩師)から名前を呼ばれ、
褒められたことは過去一度もありませんでした。
私にとっては、青天の霹靂。
身に余る光栄。
夢のまた夢の出来事でした。
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夢のまた夢の続きを、今回お話しさせて頂きます。 私は高校では、ある意味落ちこぼれ。 高校時、人前で褒められたことは皆無。
そんな私が30年ぶりの同窓会で、演壇に上がった恩師の担任、
貝谷先生から、こともあろうに、私の名が飛び出すなんて。 まずは、私が忘れられない学生時代の貝谷先生の
特別授業について、お話しします。
時は1980年(昭和55年)、1月に行われた第2回国立大学の入学試験
共通一次テストの終了翌日。 私は自分の実力もさることながら、緊張のあまり、 こともあろうに、この試験の英語でマークミスをしてしまいました。
自己採点の結果は、無残。 第一志望校は、全く無理のD判定。 途方にくれていたその日、貝谷先生の英語の授業がありました。 といっても、通常の授業は全く無し。
ある人の演説のテープが、教室に流れたのです。 それがかの有名な、「I have
a dream.」(その時まで私は知りませんでしたが)。
そう、当時公民権運動の中心的指導者であった、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が 1963年8月28日、リンカーン記念公園へ向かう
ワシントン大行進において行われた、演説だったのです。
内容はこんな感じ(一部抜粋)。
私は同胞達に伝えたい。 今日の、そして明日の困難に直面はしていても、 私にはなお夢がある。
それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢なのだ。 つまり将来、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等である」という この国の信条を真実にする日が来るという夢なのだ。
私には夢がある。 ジョージアの赤色の丘の上で、かつて奴隷の子孫とかつての奴隷を所有した者の 子孫が同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢が。
私には夢がある。 今、差別と抑圧の熱が渦巻くミシシッピー州でさえ、 自由と正義のオアシスに生まれ変わり得る日が来るという夢が。
私には夢がある。 私の四人の小さな子供たちが、肌の色ではなく 内なる人格で評価される国に住める日がいつか来るという夢が。
今私には夢がある!
人種差別主義者や州知事や連邦政府の干渉排除主義を唱え、連邦法の実施を拒否している アラバマ州にさえ、将来いつか、幼い黒人の子ども達が幼い白人の子ども達と手を取って 兄弟姉妹となり得る日が来る夢が。
私には今夢がある!
いつの日にか全ての谷は隆起し、丘や山は低地となる。 荒野は平らになり、歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。 「そして神の栄光が現れ、すべての人々が共にその栄光を見るだろう。」 |
といってもリスニング能力ない私は、全く意味など不明。 しかし、何度も連呼される「I have d dream.」という言葉と、 その異様な雰囲気は、前途を悲観していた私の心を奮い立たせるに 十分に強烈なインパクトがありました。
こんな私でも、何か出来ることはある。
夢は、諦めてはいけない。 いつの日か、必ず成し遂げることが出来る。 少年の私の心に、希望の光を射してくれたのです。
小さいですが、進むべき勇気とその道しるべを頂いたのです。 その時の感動と、そして今も何か辛いことがあった時には、
その言葉を思い出していることを、30年ぶりの同窓会で直接恩師にお伝えしました。
感謝の念を持って。
ただそれだけのことですが、直接先生にお会いしてお伝えすることが 出来たことだけでも、本当に幸せなことでした。
そして、その特別放送のことを先生が覚えていたこと。 そして、そのエピソードを皆の前でお話しして頂いたこと、 私にとっては、ただただ有難いの一言。
まるで、夢のような話でした。
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この「I have a
dream.」には、続きがあります。 私が共通一次試験でうまくいかず(これが真の実力)、しかし貝谷先生の
「特別授業」を受け、こんな私でもまだまだやれることはある、 そう思い直した直後の3年9組での、運命的出来事。
この出来事は、私の人生を大きく変えることになりました。 そう、このコラムを読んでいるあなたに、私が語りかけることが 出来るのも、この出来事があればこそ。
人は、一瞬で変わる。 人には、運命的な出会いや出来事がある。
前向きに考えれば、必ず道は開ける。
そう、確信出来るようになりました。 その、運命的な出来事とは。 ここからは、以前私が書いた自叙伝
「理想の自分を求めて 立身編」からの引用です。
運命の日を迎える前の二日間、私は大学入試一次試験に挑みました。 前年より、大学受験の制度が大きく変わっていました。
共通一次試験(今の共通テストとは全く違います)という、 国公立共通テスト(本番)の志望校が、その試験の結果により、 ほとんど決められてしまうのです。
私の共通一次試験の成績は、予想に反してかなり悪いものでした。 自己採点により、これが判明したのが、1月14日のお昼でした。 私の第一志望の国立大学工学部建築学科は、まず不可能という結果でした。 私はそれからの記憶は、定かではありません。
気付いた時には、私の手の中にはなぜか岡山大学歯科部の願書がありました。 あなたは「そんなアホな〜」と、思うかも知れませんが、事実です。 繰り返します。 その間の記憶が、全く飛んでしまったのです。
実は私の運命を変えたこの出来事も、私の意志ではありませんでした。 と、言いますか、あの時の私には、 自分で判断し、行動する勇気と気力が全くありませんでした。 それでは、ここでその願書を私に渡したという同級生の手紙をお読み下さい。
「ヨリタマニアの皆様、はじめまして、山田豊和といいます。 私は寄田君の中学校、高校時代の同級生で、高校3年生の時は3年9組で同じクラスでした。 私はその後、大阪大学歯科部を優秀な成績で卒業し、現在堺市にて歯科医院を開業しています。 自分で言うのも何ですが、結構ハヤッテいます。ハッハッハッ。
実はもう25年も前の話なので、詳しくは憶えていません。 まあ、私には大したことではありませんので。 あ〜確かにあの時、寄田君に岡山大学歯学部の願書を渡したのは私です。 そうです、あの願書はもう私には必要ないと思ったので。
何故って?イヤ〜共通一次試験の結果が良かったので、 ワンランク上の大学を受けることにしました。
放課後、教室を出ようとした私の前に、偶然ポッカリと大きな口を開け、 窓越しに一人たたずむ、親友の寄田君がいました。
声をかける雰囲気ではなかったので、たまたま持っていた願書をその口、いや、 間違いました、その手に渡しました。 もちろん、励ましの言葉も添えました。
だって親友ですから。え〜なんだっけなぁ〜 『明日の来ない今日はない、今を精一杯生きることが大切だぞ』 こんな感じでしょうか。
今思えば素直な寄田君は、私のあの言葉をワラをもすがる思いで信じていたのでしょう。 根がマジメですから。 え〜最後に歯でお悩みの方は親切丁寧、そして親友思いの堺の山田歯科へ 是非お越し下さい(チョット遠いですが)」
それがどうもあの空白の二時間の真相のようです。 ですから今でもあのエリート歯科医師の山田君には頭が上がりません。 我に返った私の手には、しっかり夢の片道切符(願書)が握りしめられていました。 そして私はその足で職員室に向かいました。
そして吹っ切れた気持ちで、 「先生、岡山大学を受けようと思います。どうでしょうか?」 担任の貝谷(カイタニ)先生も「そうか、一次試験の成績はあまり良くなかったみたいだな。 しかし、岡山大学なら合格ラインだ。先生も応援するぞ」。
そう力強く言ってくれたのを、はっきり憶えています (その言葉が私を後押ししてくれました) そして納得の上で受験することになりました(ある一つの行き違いを除いて) それは小さな行き違いでしたが、将来を考えれば全く違う人生が待っていました。
それは歯学部と、工学部建築学科の違いです (先生はもちろん工学部を受けると信じていました) 私はこれは何かの縁、神様のおぼし召しかと思い、乗りかけた舟、 素直に歯学部を受験しました。
これは誠に私の優柔不断さ、イイかげんさ、行き当たりバッタリ、 良く言えば臨機応変、変化自在とでも言いましょうか。 あまり深く考えない得な性格(?)が成せるワザかもしれません。
合格後、貝谷先生からお祝いの言葉がありました。 「成功する人はどんな分野でも成功する。 私は一年前から責任感があり、他人の痛みや苦しみが分かる、 君は歯科医師に向いていると思っていたよ!」と。
それが、今診療室であなたに自信たっぷりにお話をさせて頂いている私の 25年前の1月14日の出来事です。 |
イタズラ好きの神様のお陰で、今の私があります。 人生とは、山あり谷あり。 しかし山を越えるのも、谷を渡るのも全て自分なのです。
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